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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)8423号 判決

原告

高橋幸治

ほか二名

被告

武内運送株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは各自、

原告高橋幸治に対し金四、四二四万五、一五七円、

原告高橋文子に対し金三〇〇万円、

原告高橋孝太に対し金一五五万円

及びこれらに対する昭和五七年七月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することがきる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告高橋幸治(以下「原告幸治」という。)に対し金七、〇六六万三、、五四一円、原告高橋文子(以下「原告文子」という。)に対し金三八五万円、原告高橋孝太(以下「原告孝太という。)に対し金三八五万円及びこれらに対する昭和五七年七月一五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの各請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告幸治は、後記事故(以下「本件事故」という。)による被害者であり、同文子は、その妻であり、同孝太はその子である。

(二) 被告富士リース株式会社(以下「被告富士リース」という。)は、本件事故を発生させたクレーン車(以下「本件事故車」という。)の所有者であり、被告武内運送株式会社(以下「被告武内運送」という。)は、被告富士リースから本件事故車のリースを受け、自社の雇用する運転手訴外坂本信義(以下「訴外坂本」という。)を載乗させて訴外大塚鉄工株式会社(以下「訴外大塚鉄工」という。)に賃貸していたものである。なお、被告富士リースは、被告武内運送のリース部門を独立させたもので、会社所在地、代表取締役、その他の役員もすべて同一であり、法的には別個の独立した会社ではあるが、実質的には被告武内運送の支配下にあつて、その企業活動の一翼を担つているにすぎないものである。

2  本件事故の発生

(一) 原告幸治は、訴外金沢工業株式会社(以下「訴外金沢工業」という。)の従業員であつたところ、同訴外会社は、訴外大塚鉄工が訴外芳村石産株式会社より請負つた八王子市美山町三八八番地所在の製砂プラント工事現場に再々下請会社として集じん機のダクト配管取付工事を行つており、原告幸治もこれに従事していた。

(二) 被告武内運送の被用者である訴外坂本は、昭和五四年一月二九日午後四時一二分ころ、右工事現場において、本件事故車を使用し、重さ一六六キログラム、長さ五・五メートル、直径二一六ミリメートルの鋼管を移動させるべく、訴外金沢工業の代表者訴外金沢美喜雄(以下「訴外金沢」という。)が一本掛けの玉掛けをした鋼管を本件事故車のクレーンのフツクに掛けて水平に吊り上げ、そのままの状態でクレーンを回転させ約三〇メートル移動し、目的場所におろそうとした際、一本の玉掛けロープによりようやくバランスをとつていた鋼管が大きく傾むき、一方の端が着地してほぼ垂直状態になつたため、玉掛けしていたロープがゆるんで抜けてしまい、支持を失つた鋼管が転倒し、たまたまその付近で溶接作業に従事していた原告幸治の背面に激突した。

3  被告らの責任

(一) 被告富士リースは、本件事故車の所有者としてこれを被告武内運送にリースしリース料を得ていたものであるから、本件事故車の運行供用者としての責任がある。

(二) 被告武内運送は、その被用者の運転手訴外坂本つきで本件事故車を訴外大塚鉄工に賃貸しその賃料を得ていたものであるから、本件事故車の運行供用者としての責任があり、また、訴外坂本がその業務に従事中、前記のような危険な一本掛けの玉掛けのまま鋼管を吊り上げ、原告幸治を避譲せしめることなくクレーンを操作した過失により本件事故を起こしたものであるから、民法上の使用者責任がある。

4  損害

(一) 入院雑費 金六〇万七、六〇〇円

原告幸治は、本件事故により頭部、脊髄、右上肢、肋骨に重大な損傷を受け、昭和五四年一月二九日から昭和五六年六月一四日まで八六八日間に及ぶ入院を余儀なくされたのであり、その間の入院雑費を一日当り金七〇〇円として計算すると、金六〇万七、六〇〇円が損害となる。

(二) 付添費 金一五万五、〇〇〇円

原告幸治は、右入院期間のうち、昭和五四年一月二九日から同年三月三一日までの六二日間について、生死の境をさまよう重態であつたため、職業付添婦以外に近親者の付添が必要とされ、原告文子の付添看護を受けた。その付添費を一日当り金二、五〇〇円として計算すると、金一五万五、〇〇〇円が損害となる。

(三) 付添交通費 金一二万七、六〇〇円

右付添期間のうち、最初の一週間は原告文子は泊り込みで看護を行い、それ以後の五五日間は自宅から福生市所在の目白第二病院まで通院して看護にあたり、その交通費として一日金二、三二〇円(内訳、バス一一〇円×二、国鉄五四〇円×二、タクシー五一〇円×二)を要したので、金一二万七、六〇〇円が損害となる。

(四) 将来の介護費用 金一、五七九万九、三九〇円

原告幸治は、脊髄損傷により下半身の完全麻痺をきたし、下半身の全知覚及び両下肢の全運動能力を失つているほか、腸管機能障害及び尿路機能障害があり、更に右上肢の知覚及び運動機能にも重大な障害が残つており、労災保険及び自賠責保険において、「常に他人の介護を要する」として一級三号の認定を受けている。

現在原告幸治は、日常生活上のあらゆる起居動作に常時原告文子の介助、付添を必要とする状態であり、前記症状は今後軽快する見込みはなく、生涯家族らによる介護を要するから、その間の介護の費用相当額は原告幸治の損害となる。

原告幸治の介護費用は、退院後の昭和五六年六月一五日(当時三五歳)から昭和五四年簡易生命表による余命年数四〇年間にわたり、一日当り金二、〇〇〇円とし、新ホフマン方式(係数二一・六四三)により計算すると、金一、五七九万九、三九〇円が損害となる。

(五) 休業損害 金八六五万八、三八四円

原告幸治の事故前三か月間の所得は合計金六六万七、一八八円であり、平均日額は金七、四一三円になるところ、原告幸治の事故日から症状固定日である昭和五七年四月三〇日までの日数は一、一六八日間となるから、その間の休業損害は金八六五万八、三八四円となる。

(六) 逸失利益 金四、九一六万一、〇八〇円

原告幸治は、前記後遺障害により労働能力を一〇〇パーセント喪失しており、将来においても改善の見込みはない。症状固定時三六歳であつた原告幸治の就労可能年数は六七歳までの三一年間となるから、年収を金二六六万八、七五二円(事故前三か月間の所得合計円六六万七、一八八円×四)とし、新ホフマン方式(係数一八・四二一)により中間利息を控除して計算すると、原告幸治の逸失利益は金四、九一六万一、〇八〇円となる。

(七) 原告幸治の慰謝料 金二、四二五万円

原告幸治の入院期間は二九か月に及び、また、前記のとおり日常生活上の起居動作を自力では行えず、性生活も不可能となる後遺障害が残つたのであり、これらの事情からすると、原告幸治の傷害による慰謝料は金四二五万円、後遺症による慰謝料は金二、〇〇〇万円が相当である。

(八) 原告文子、同孝太の慰謝料 各金三五〇万円

原告幸治は、前記のとおり瀕死の重傷負い、更に重大な後遺症を残すことになつた。原告文子は、原告幸治の退院後より排便、排尿、入浴、寝返り等の日常生活上の介護にあたつており、原告文子、同孝太にとつてその精神的苦痛は原告幸治が生命を害された場合に比肩されるものであり、その慰謝料は各自金三五〇万円が妥当である。

(九) 既払分

原告幸治は、本件事故による損害につき、次のとおり金三、一六三万五、二〇〇円の支払いを受けている。

(1) 自賠責保険からの支払金二、一二〇万円

(2) 訴外金沢工業からの休業補償金四三〇万円(ただし、昭和五四年二月分から昭和五五年一一月分)

(3) 労災保険からの傷病及び障害年金六一三万五、二〇〇円(ただし、昭和五六年二月、五月、八月支給分金一五八万八、二〇〇円、同年一一月、昭和五七年二月、五月支給分金一六九万三、一二五円、同年八月、一一月、昭和五八年二月、五月、八月支給分金二八五万三、八七五円の合計額)

なお、以上の他に傷病、障害年金に併せて福祉施設寄付金、就学援護金名目の特別支給年金合計金一七万一、六二五円(昭和五八年八月支給分まで)及び労働省令による一時金としての特別支給金(定額)金三四二万円を受領しているが、これらはいずれも労働福祉的観点から支給されているもので、損害の填補となるものではない。

(一〇) 弁護士費用

原告幸治について既払分を差し引くと、その損害額は金六、七一二万三、八五四円になり、原告文子、同孝太の損害額は各金三五〇万円になるところ、原告らは、本件訴訟遂行を弁護士佐々木幸孝他一名に依頼し、弁護士費用として各自請求額の一割である原告幸治は金六七〇万円、同文子、同孝太は各金三五〇万円を支払う旨約したので、右同額が弁護士費用の損害となる。

5  よつて、原告幸治は被告らに対し、前記損害金七、三八二万三、八五四円の内金七、〇六六万三、五四一円、原告文子、同孝太は被告らに対し、前記各損害金三八五万円及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五七年七月一五日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)、(二)の事実は認める。

2  同2(一)、(二)の事実は認める。

3  同3(一)の事実中、被告富士リースが本件事故車の所有者であり、これを被告武内運送にリースしていたことは認めるが、その余は争う。

同3(二)の事実中、被告武内運送が被用者の運転手である訴外坂本つきで本件事故車を訴外大塚鉄工に賃貸していたことは認めるが、その余は争う。本件事故車の運行はもつぱら訴外大塚鉄工が支配していたものであり、また、本件事故はもつぱら訴外金沢の過失によるものである。

4  同4の事実中、(九)(1)ないし(3)の既払金については認めるが、その余の損害の主張については争う。

三  抗弁

1  本件事故は、訴外金沢並びに原告幸治の過失によつて発生したものであり、訴外坂本に過失はなく、かつ、本件事故車には構造上の欠陥又は機能上の障害はなかつたのであるから、被告らに責任はない。

すなわち、訴外金沢は、訴外金沢工業の代表取締役として、同社が請負つたダクト配管工事の指揮監督をなし、かつ、玉掛技能の資格を有していたものであるが、ダクト用鋼管をクレーン車で移動するに際し、現場付近で作業中の部下である原告幸治らを危害が及ばないような場所に避譲させ、その安全を確認したうえ、訴外坂本に右鋼管の吊り上げを指示すべきだつたのであり、更に右鋼管の長さ、重量からして、ワイヤーロープの一本掛けでは平衡を失し、滑落するおそれがあつたのであるから、二本掛けをするなどして事故の発生を未然に防止すべきであつたのに、これを怠り、原告幸治にその場から離れるよう合図したのみで、危険の及ばない場所への避譲を確認せず、かつ、一本掛けのまま滑落の危険はないものと軽信し、訴外坂本に吊り上げの合図をした過失により、本件事故を発生させたのである。また、原告幸治にも、危険の及ばない場所に避譲するよう指示されたにもかかわらず、右鋼管の滑落はないものと軽信し、その指示に従わなかつた点に過失がある。一方、訴外坂本としては、玉掛技能の資格を有する訴外金沢が危険のない方法で玉掛けしたものと信用せざるを得ず、かつ、現場付近で作業中の訴外金沢工業の従業員の避譲については、これを指揮する訴外金沢がなすべきであり、これをなしたものと考え、同人の指示に従つてクレーン車による吊り上げをしたものであるから、訴外坂本に過失はない。

2  仮に、訴外坂本に過失が認められ、被告らに責任があるとしても、原告幸治は、クレーンで鋼管を吊り上げる前とクレーンで鋼管を移動させているときの二度にわたり、訴外金沢から、避譲するか、ないしは鋼管の状態に注意するよう指示を受けていたのであり、それを了解しながら、右鋼管の状態を注視せずに作業を継続していて受傷したものであるから、結果回避義務を果たさなかつた点に過失があり、過失相殺がなされるべきである。

更には、訴外金沢は、原告幸治の上司として同人の指揮監督をなし、協力して作業をしていたものであるから、被告らとの関係においては、訴外金沢の前記過失を被害者側の過失として斟酌すべきである。

3  原告幸治が支払を受けたことを自認している特別支給金のうち、福祉施設寄付金、就学援護金については、その目的、機能等から、民事賠償金より控除すべき対象にならないとしても、障害特別支給金三四二万円については、本来の保険給付に付加し一体となつて被害者の損失填補にあてられるもので、その金額も障害等級に応じて多額の一時金が支給され、その支給も同じ労災保険という事業主の支払つた保険料の中から行なわれるのであるから、民事賠償金から控除されるべきである。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  抗弁1の訴外坂本に過失がないとの主張は争う。

本件事故の原因となつたダクト用鋼管は重量が一六六キログラム、長さ五・五メートルもあり、その表面は油でふかれて滑りやすく、しかも障害物を越えて運ぶため、二〇メートルもワイヤで吊り上げたうえ、長いビームを半回転させて移動させなければならなかつたのであるから、鋼管の中心部の一点のみを力点として引き上げる一本掛けの玉掛方法では、極めて不安定でワイヤが鋼管の重心からずれる危険性が大きく、このことは通常人でも十分認識できることであつた。訴外坂本は、資格として船舶用デリツク及び揚貨装置運転免許を有し、業務として移動式クレーンの運転をしていたのであり、右資格を取得するため、運転に必要な力学的知識の習得と各種荷姿による移動操作の実習を経ていたのであるから、右鋼管の落下の危険性に配慮し、クレーンの操作を停止して玉掛けを再度やり直させるか、あるいは鋼管の落下により危険の及ぶ範囲の作業員を避譲させる法的義務があつたのに、これを怠つたのである。訴外坂本は、訴外金沢と事故当日初めて顔を合わせたもので、同人が玉掛けの有資格者であることなど知るよしもなく、したがつて、訴外坂本が訴外金沢のなした玉掛けを信用したというようなことはない。訴外坂本の過失は本件事故発生について大きな寄与をしており、刑事処分においても訴外金沢より重い刑責を科せられている。

2  同2の事実中、原告幸治が訴外金沢より安全な場所への避譲を指示されたとの点は否認する。また、訴外金沢の過失が被害者側の過失になるとの主張は争う。

3  同3の障害特別支給金を民事賠償金から控除すべきであるとの主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1の事実(当事者)及び2の事実(本件事故の発生)は、当事者間に争いがない。

二  同3の事実(被告らの責任)のうち、被告富士リースが本件事故車の所有者であり、これを被告武内運送にリースしていたこと、被告武内運送が被用者である運転手訴外坂本つきで本件事故車を訴外大塚鉄工に賃貸していたことは、当事者間に争いがない。

被告らは、本件事故車の運行供用者であることを争うが、右争いのない事実に、前記争いのない被告富士リースと被告武内運送との関係及び証人坂本信義の証言によれば、本件事故車が訴外大塚鉄工に賃貸されていたにしても、被告らが本件事故車の運行支配を喪失していたような事情は見当らないのみならず、かえつて被告らの本件事故車に対する運行支配は継続されていたものとみるのが相当であり、これを覆すに足りる証拠はないから、被告らは本件事故車の運行供用者と認められる。

三  被告らは、訴外坂本に本件事故発生についての過失はないとして免責を主張するが、後述のとおり本件事故の態様からすると、訴外坂本に過失のあることは明らかであり、被告らの右主張は到底認められない。

すなわち、争いのない請求原因2の事実(本件事故の発生)に、成立に争いのない乙第一〇、第一一、第一六、第一七、第二五、第二九号証、第三二号証の一、二を総合すれば、訴外坂本は、昭和三六年一二月に起重機運転士免許(種別船舶用デリツク)、昭和三七年六月に揚貨装置運転士免許をそれぞれ取得し、業務として移動式クレーンの運転操作に従事していたものであること、訴外坂本は、本件事故の際、訴外金沢の玉掛けしたダクト用鋼管(長さ五・五メートル、重量一六六キログラム、外径二一六ミリメートル)を地上約二〇メートルまで吊り上げ移動しようとしたのであるから、ワイヤロープの一本掛けでは平衡を失い滑落する危険のあることを考え、右鋼管の玉掛方法、吊り上げの高さ、方向等を予め訴外金沢と十分打合せをし、移動中の鋼管の滑落による事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたこと、しかるに、訴外坂本は、右注意義務を怠り、訴外金沢がワイヤロープの一本掛けによる玉掛けをしただけの右鋼管をそのまま漫然と吊り上げて移動した過失により、原告幸治に傷害を負わせる本件事故を惹起したこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。したがつて、被告ら指摘の訴外金沢の過失の点を考慮しても、訴外坂本の過失を否定することは到底できないのである。

四  過失相殺について判断する。

被告らは、まず訴外金沢の過失を被害者側の過失として斟酌すべきことを主張するが、当裁判所は、かかる見解は採用しない。けだし、訴外金沢が原告幸治の勤める訴外金沢工業の代表者であり、事故当時訴外金沢の指揮のもとに協力して、原告幸治が作業に従事していたにしても、そもそも過失相殺の対象となるべき被害者側の過失とは、被害者本人と身分上ないし生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失をいうのであつて、本件では訴外金沢と原告幸治とが身分上ないし生活関係上一体をなすとみられるような関係にあるとは到底いい難いからである。

次に、原告幸治の過失について検討するに、成立に争いのない乙第一六、第二八号証、証人金沢美喜雄の証言によれば、訴外金沢は、鋼管を移動する地点付近で下を向いて溶接作業に従事していた原告幸治に対し、少くともクレーンで吊り上げた鋼管を移動する前に、鋼管のくることを知らせて注意を喚起したこと、原告幸治は、これを了解しながら、運ばれてくる鋼管に注意せずそのまま作業を続けて本件事故に遭つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、原告幸治は、長年勤務している訴外金沢工業の代表者から、自己の作業している付近にクレーンで鋼管が運ばれてくることを知らされたのであるから、職業柄、自己の仕事を一時中断してでも、クレーンで運ばれる鋼管の状態に注意すべきであつたということができる。してみれば、本件事故発生について原告幸治にも若干の落度はあつたというべきであり、後記損害額の算定に当つては、諸般の事情を考慮し一〇パーセントの過失相殺をするのを相当と認める。

五  原告幸治の傷害の部位・程度、後遺障害の内容についてみてみるに、成立に争いのない甲第二ないし第六号証、第七号証の一ないし一七、第八、第九号証、原告文子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告幸治(昭和二〇年八月一四日生)は、本件事故により脊髄損傷、右上腕骨々折、頭部外傷、右肋骨(第二~第一二)骨折、右血気胸、右肩甲骨々折、全身打撲等の重傷を負い、昭和五四年一月二九日から同年七月二四日まで東京都福生市所在の目白第二病院に入院し、引き続き同日から昭和五六年六月一四日まで神奈川県川崎市所在の関東労災病院に入院して治療を受け、同病院退院後も通院を続けていたが、昭和五七年四月三〇日症状固定と診断され、外傷性脊髄麻痺、頭部外傷後遺症により両下肢の完全麻痺、右上肢各関節の運動障害、膀胱・直腸機能障害等の後遺障害が残り、労災保険、自賠責保険において「常に介護を要するもの」として後遺障害等級一級の認定を受けていること、原告幸治は、現在車椅子での生活を余儀なくされ、日常生活全般にわたり常時原告文子の介護を必要としており、今後右症状の軽快することは見込めないこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

六  損害について判断する。

1  入院雑費

原告幸治は、前記のとおり昭和五四年一月二九日から昭和五六年六月一四日まで計八六八日間の入院をしており、その間一日当り金七〇〇円の入院雑費を要したものと推認するのを相当とするから、合計金六〇万七、六〇〇円が入院雑費の損害として認められる。

2  付添費

原告文子本人尋問の結果によれば、原告幸治には、目白第二病院に入院して二、三日してから職業的付添婦がついたものの、原告幸治の症状が生死もあやぶまれるほど重態であつたため、同病院入院後一週間位は原告文子も泊り込みでその看護にあたり、その後は二か月間位殆んど毎日通院して原告幸治の世話をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、原告幸治には職業的付添婦がついたため、近親者の付添を必要とした期間については判然としないところがあるが、原告幸治の症状からすると、少くとも入院当初三〇日間は原告文子の付添が必要であつたものと推認するのが相当であり、近親者付添費を一日当り金二、五〇〇円として算定すると、合計金七万五、〇〇〇円が付添費の損害として認められる。

3  付添交通費

原告文子本人尋問の結果によれば、原告ら方から東京都福生市所在の目白第二病院まで一日金二、三二〇円(内訳、バス一一〇円×二、国鉄五四〇円×二、タクシー五一〇円×二)の交通費を要したことが認められるところ、前記2のとおり近親者付添のための通院は、三〇日間から泊り込みの一週間を除いた二三日間とみるのが相当であるから、合計金五万三、三六〇円が付添交通費の損害として認められる。

4  将来の介護費用

原告幸治の前記後遺障害の内容からすると、原告幸治は、一生涯、日常生活の全般にわたり家族らによる介護を必要とするものと認められる。

原告幸治が同文子の介護を受けるようになつたのは、関東労災病院を退院した昭和五六年六月一四日以降のことであり、原告幸治は当時三五歳であつたから、昭和五六年簡易生命表によるとその平均余命は四〇年となり、その介護費用を原告幸治主張のとおり一日当り金二、〇〇〇円(年間金七三万円)として、ライプニツツ方式(係数一七・一五九)により中間利息を控除して算定すると、合計金一、二五二万六、〇七〇円が原告幸治の介護費用の損害として認められる。

5  休業損害

成立に争いのない甲第一号証によれば、原告幸治の本件事故前三か月間の給与は合計金六六万七、一八八円になることが認められるところ、これを九〇日で除すと平均日額は金七、四一三円となり、原告幸治は、本件事故日の昭和五四年一月二九日から前記症状固定と診断された昭和五七年四月三〇日までの一、一八八日間の休業を余儀なくされたものと認められるから、その間の休業損害は原告幸治主張の金八六五万八、三八四円を下回らないものと認められる。

6  逸失利益

原告幸治の前記後遺障害の内容からすると、原告幸治は、症状固定日(当時三六歳)以降、就労可能年齢六七歳までの三一年間にわたり、労働能力を一〇〇パーセント喪失したものと認められる。

原告幸治の本件事故前三か月間の給与は前記のとおり金六六万七、一八八円であり、これを四倍した金二六六万八、七五二円を年間所得とし、ライプニツツ方式(係数一五・五九二八)により中間利息を控除して算定すると、原告幸治の逸失利益は金四、一六一万三、三一六円になると認められる。

7  原告幸治の慰謝料

本件事故の態様、原告幸治の受傷の部位・程度、入通院期間、後遺障害の内容、原告幸治の年齢、家族関係、被告らの対応、その他諸般の事情を考慮すると、原告幸治の慰謝料は金一、八〇〇万円(入通院分金三〇〇万円、後遺障害分金一、五〇〇万円)とするのを相当と認める。

8  原告文子、同孝太の慰謝料

前記のとおり、原告幸治は一時生死をあやぶまれるほどの重傷を負い、さらに後遺障害等級一級の重大な後遺障害が残つたのであるから、妻である原告文子、子である原告孝太にとつて、夫であり父である原告幸治の生命が害された場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたものというべきであり、原告文子、同孝太に固有の慰謝料請求権を認めるのが相当である。これまで説示した一切の事情を考慮すると、原告文子の慰謝料は金三〇〇万円、同孝太の慰謝料は金一五〇万円をもつて相当と認める。

9  過失相殺

前記のとおり本件では一〇パーセントの過失相殺をするのが相当であり、原告幸治の前記損害額合計金八、一五三万三、七三〇円から右の過失相殺をすると、残額は金七、三三八万〇、三五七円となる。

また、原告文子、同孝太の各損害額についても右の過失相殺をするのが相当であるから、原告文子の残額は金二七〇万円、同孝太の残額は金一三五万円となる。

10  損害の填補

原告幸治が請求原因4(九)(1)ないし(3)のとおり合計金三、一六三万五、二〇〇円の損害の填補を受けていることは、当事者間に争いがないので、これを原告幸治の前記過失相殺後の損害額から控除すると、残損害額は金四、一七四万五、一五七円となる。

なお、被告らは、原告幸治が受領している一時金としての障害特別支給金三四二万円についても損害から控除すべきことを主張するが、かかる特別支給金は、労災保険の適用を受ける労働者の福祉の増進を図るため、労働福祉事業の一環として、労働者災害補償保険法二三条の規定に基づき給付されるものであり、同法第一二条の八に規定する保険給付と異なり、損害填補を目的とするものとは解されないから、この点の被告らの主張は採用できない。

11  弁護士費用

原告らが前記損害金の任意の支払を受けられないため、本訴の提起、遂行を原告ら訴訟代理人弁護士に委任することを余儀なくされたことは、弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件請求の難易、前記認容額、訴訟の経緯、その他諸般の事情を斟酌すると、被告らに賠償を求め得る本件事故と相当因果関係ある弁護士費用としては、原告幸治について金二五〇万円、原告文子について金三〇万円、原告孝太について金二〇万円とするのが相当である。

七  以上説示したとおりであるから、被告らは各自、原告幸治に対し金四、四二四万五、一五七円、原告文子に対し金三〇〇万円、原告孝太に対し金一五五万円及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五七年七月一五日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

よつて、原告らの本訴請求は右の各支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田聿弘)

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